「技術やブランドには自信があるのに、担保となる不動産が弱くて融資が通りにくい」
こうした悩みは、業種を問わず起こり得ます。たとえば、老舗旅館や料亭のように“事業としての価値”は高いのに、不動産の担保評価が低く、資金調達が難しくなるケースです。
この状況を変える仕組みとして、令和6年に成立した事業性融資推進法により、新たに「企業価値担保権」が創設されました。
あわせて、労働者保護の観点から改正された「事業譲渡等指針」が、2026年(令和8年)5月25日から適用されます。
この記事では、資金調達そのものの話ではなく、この制度が“働く人”にどう関係するのかを、ポイントを絞って分かりやすく解説します。
1. 「企業価値担保権」って何?
企業価値担保権は、「目に見える担保(不動産)」だけに頼らず、事業の将来性や強みも踏まえて融資を後押しする制度です。
具体的には、次のような“事業の強み”が評価の対象になり得ます。
- 技術・ノウハウ
- ブランド
- 顧客基盤
- 事業計画(将来の成長見込み) など
そして重要なのは、企業価値担保権は「お金の制度」である一方で、雇用や賃金など“働く人”に関わるルールもセットで整備されている点です。
2. よくある不安①:担保に入れたら、労働条件は変わる?
結論から言うと、担保権を設定したこと自体で、雇用や給与などの労働条件が変わるものではありません。
「会社を担保にする」と聞くと、従業員の立場では不安になりやすいところです。ただ、この制度は「労働条件を変えるため」のものではなく、金融機関等が労働条件を決める権限を持つわけでもありません。
また、金融機関等が優越的地位を不当に利用して、賃下げなど労働条件の引下げを迫る行為は禁じられています。
3. よくある不安②:もし会社がピンチになったら、従業員はどうなる?
会社経営では、どんなに備えていても「資金繰りが苦しくなる可能性」がゼロとは言い切れません。そこで気になるのが、担保が実行される場面(債務不履行等)です。
企業価値担保権では、もし担保が実行される事態になっても、原則は
「事業を解体せず、雇用を維持したまま承継する」(事業譲渡による承継)
という考え方が示されています。
つまり、バラバラに資産を売却して終わり、ではなく、事業として引き継ぎ、雇用も守りながら次につなぐことが基本の方向性です。
さらに、労働者の賃金は、事業継続に不可欠な費用として優先的に弁済される仕組みが示されています。
4. 経営者が押さえるべき要点:「対話と情報共有」
制度を“活かす”うえで、労務面で特に重要なのがここです。
「事業譲渡等指針」では、企業価値担保権を設定する場合、会社が置かれている環境や経営課題等について、従業員や労働組合等と意見交換を行うことが望ましいとされています。
ポイントは、「すべてを細かく開示しなければならない」という話ではありません。大事なのは、現場が不安にならないように、必要な範囲で“理由”と“方向性”を共有することです。
<望ましい情報提供(例)>
- 経営状況(環境・課題)
- 目指す方向性
- 制度の概要と活用目的
たとえば、こんな説明があるだけで受け止め方は変わります。
「今、会社はこういう環境にある」
「この課題を越えるために資金が必要」
「目指す方向性はここ」
「そのために制度を活用する」
“人”こそが企業の価値の源泉です。現場が安心して働ける状態があってこそ、企業の価値も高まり、制度の活用もしやすくなります。
5. いまからできる準備(人事労務の観点)
制度そのものの手続き以前に、次のような“土台”が整っていると、社内の安心感にもつながります。
- 方針や状況を伝える社内コミュニケーションの導線(誰が、いつ、何を、どこまで伝えるか)
- 労働条件・賃金のルールが社内で理解されているか(誤解が生まれやすい部分は要注意)
- 相談窓口や困りごとの吸い上げが機能しているか(不安が溜まると噂が先行しがちです)
「制度活用」は経営の話ですが、運用の成否は“人”の納得感に左右される――。ここが、人事労務の視点から見た重要ポイントです。
参考リンク(特設サイト)
詳しくは、金融庁・厚生労働省の特設サイトをご確認ください。
- 金融庁|企業価値担保権(旧:事業成長担保権)について
- 厚生労働省|「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」の一部改正について
- 厚生労働省・金融庁|企業価値担保権が有効に活用され、事業の継続と成長が実現されるためには、労働者や労働組合とのコミュニケーションが重要です
※本記事は、記事公開時点で公表されている情報を基に作成しています。
2026年5月25日からの適用に向けた最新の動向や、実務上の判断にあたっては、必ず最新の法令・ガイドラインをご確認ください。